2011年9月14日水曜日

アメリカの「レストラン機会センター」


ニューヨークに滞在中の中島醸さんから「レストラン機会センター」について報告がありましたので、掲載します。
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ニューヨーク・レストラン機会センター (Restaurant Opportunities Center of New York)、全米レストラン機会センター(Restaurant Opportunities Centers United)の活動について

          中島醸(千葉商科大学、ニューヨーク市立大学客員研究員)

1. 9.11とレストラン労働者の失職
今年の911日で、2001911日の同時多発テロから10年が経過する。ニューヨークの世界貿易センタービル2棟での死者は約2700名に上るが、その中に、貿易センター北棟の最上階にあったレストラン「ウィンドウズ・オン・ザ・ワールド」(Windows on the World)の移民労働者73名が含まれていたことはあまり知られていない。このレストランでは、中南米、東・南・東南アジア、中東、アフリカなど30か国以上の移民労働者が働いており、同時多発テロ後、彼らは職を失った(約300名)。

仕事を失ったレストラン労働者は、彼らだけでなく、ニューヨークで約13000人のレストラン労働者が9.11後に職を失った。そこで、そうした労働者を支援するために、ウィンドウズ・オン・ザ・ワールドの労働者3人とオルガナイザー1人の計4人によって、ニューヨーク・レストラン機会センター(Restaurant Opportunities Center of New York: ROC-NY)2002年に結成された。ROC-NYは、以下に述べるような興味深い活動を展開することで、その活動はNY以外にも広がり、ニューオーリンズ、マイアミ、ミシガン、シカゴ、フィラデルフィア、ロサンゼルス、ワシントンDCの地域組織が集まり、全米レストラン機会センター(Restaurant Opportunities Center United: ROC United)2007年に結成された。

2. レストラン労働者の実態
レストラン業界は、約1000万人の労働者が働くアメリカにおいて最大の民間セクターであり、現在でも成長を続ける産業となっている。2000年代半ばで、NY市内で約16万人のレストラン労働者がいるが、彼らの約65%が移民であり、およそ30%が資格外移民で構成されている。彼らの労働条件は、ROC自身の調査から非常に厳しいものであることが見えてくる。

(1)最低賃金規制
アメリカにおいて、連邦レベルの最低賃金は公正労働基準法(Fair Labor Standards Act)によって定められている(この他に各州で独自の最低賃金を設定することができる)。しかし、ここで定められる最低賃金には二つの基準がある。第一は通常の最低賃金であり、現在連邦レベルで時給7.25ドルである。第二は、チップを通常受け取る労働者(月30ドル以上を恒常的に受け取る労働者)については、別の最低賃金が定められており、現在連邦レベルでは、時給2.13ドルとなっている。したがって、レストラン労働者の連邦レベルでの最低賃金は約2ドルなのである。ニューヨーク州では独自基準として食品サービス(food service)労働者の最低賃金は20111月から5ドルと設定されている。

(2)ROCの調査から
20051月にROC-NYが行い公表した調査"Behind the Kitchen Door"では、以下のようなNYのレストラン労働者の実態が明らかになった(本調査では、530人の労働者の調査と経営者・労働者、各々数十人へのインタビュー、政府統計を利用)。
 ・当時の最低賃金(時給5.15ドル)を受け取っていない(チップを含めても)——11%(調査した労働者中)
 ・適切な残業手当を受け取っていない——56%(週40時間以上働く労働者)
 ・労働安全に関する研修を受けていない——約50
 ・仕事中に(自身の安全衛生に関して)危険な目にあったことがある——28
 ・安全ではない水準の暑さの厨房で働いている——45
 ・仕事中に火傷を負ったことがある——37
 ・人種、移民資格、または言葉に対して言葉による嫌がらせを受けたことがある——32
また、ROC United2011年にまとめた8つの地域での調査報告からも以下の状況が明らかになっている。
 ・経営者を通じての健康保険を受け取っていない——89.7
 ・有給休暇がない——79.4
 ・有給の疾病休暇がない——87.7
 ・病気中も働いたことがある——63.7
こうした労働環境の中で、労働組合の存在は極めてわずかであり、NY市でレストランの組織率は1%、全米では0.01%である。したがって、レストラン産業での圧倒的多くの労働者は、労働組合からの支援もないまま劣悪な労働条件の下で働いている。

(3)ROCの活動の特徴
ROCの活動は、2001年の同時多発テロから始まったものではあるが、上記のようなレストラン産業全体における労働条件の改善に向けた取り組みを行っている。その活動にはいくつか、彼らが徹底的にこだわって行っている点が見られる。ROCは、自らの活動を三つの軸で行っているとしている。

(4)キャンペーン活動
第一は、労働者に対する不当な行為を行うレストランに対して、職場の公正を求めるキャンペーン(Workplace Justice Campaigns)活動を行うことである。ROC-NYは労働組合ではないが、デモンストレーションなどの抗議活動を行うことで、いくつかの争議で勝利をしてきた。20022007年で8つのキャンペーンに取り組み、未払い賃金などを含め500万ドル以上を勝ち取ってきた。特に、2005年には、アメリカで複数の都市で展開する大規模なレストラン・チェーンを相手にしたキャンペーンは、「ダビデとゴリアテ」の闘いとマスコミで評され、164000ドルの未払残業代と差別的待遇への賠償を勝ち取っている(参考、Lynda Richardson, "For the Kitchen Help, She Stands the Heat," New York Times, January 21, 2005.)。

(5)レストラン産業の調査活動
第二に、ROCは、労働者自身の取り組みによって、レストラン業界の実態を明らかにする調査を徹底的に行っている。2005年には、前述の報告書が出されたが、この報告書は、様々な民間の財団から獲得した費用によって行われたが、レストラン労働者、ROC-NYのメンバー自身による労働者の調査に基づいたものであった(なお、ROC自体の財政自身も、その90%を民間の財団からの寄付に依拠している)。
 
2006年には、レストランでの安全衛生に焦点を当て、労働安全のトレーニングの欠如や時間が足りない中での仕事の負荷、人員不足などを明らかにした報告書"Dining Out, Dining Healthy"をまとめた。レストラン産業には、人種による差別的待遇が深刻な問題として存在するが、20093月にはそうした人種間の格差に関する報告書"The Great Service Divide"を発表した。ここでは、白人と有色人種で仕事に応募した際の採用率の差を明らかにしている。この後も、20099月には、職場の安全衛生に関する報告書"Burned"を、20107月にはレストランにおける性差別、女性に対する差別的待遇の実態を明らかにした報告書"Waiting On Equality"20109月には、レストラン労働者が病気休暇や健康保険を受けられない実情をまとめた"Serving While Sick"を発表してきた(現在では、廉価な保険料でのメンバーに対する健康保険の提供がROCの重要な活動の1つとなっている)。


こうしたレポートは、レストラン産業で働く労働者の労働実態をインタビューと数値で明らかにしており、New York TimesReutersNY 1(ニューヨークのローカル局)などで取り上げられた。
(参考、Lynda Richardson, "For the Kitchen Help, She Stands the Heat," New York Times, January 21, 2005.

(6)レストラン経営のモデルを作る
第三の特徴は、労働条件に関して優れた経営をしているレストランを推奨し、さらには自ら労働者による共同経営のレストランを運営していることである。
 
前者については、20117月に、"If You Care, Eat Here"の第二版を発行し、NY市内で賃金の支払い、病気休暇、労働環境の整備、健康保険などで優れたレストランを14店とレストラングループを1つ紹介している。
 
ROCは、2006年にカラーズ(Colors、下記写真)というレストランをオープンさせている。このレストランは、メンバー全員が共同オーナーであり、常に全員で議論する形で経営されている。2007年からは、無料での職業訓練も行っており、この4年間で約2000人が、調理や給仕の訓練を受けてきた。全米ROCの共同ディレクターのフィカク・マムドゥ氏は、カラーズは、その成功の尺度を単に財務面からのみ考えてはおらず、労働者やその家族への支援を重視していると語っている。「全ては9.11から始まった。9.11で私が失った人たちが私に望んだものは、、、、。それは報復でもなく、ただ泣くだけでもない。我々のコミュニティへの支援を行うことである」。
(参考、Alexander Eichler, "Former Windows On The World Employees Become Advocates For Fair Treatment Of Service Workers," The Huffington Post, September 12, 2011


このように、レストラン機会センターは、2001911日の同時多発テロをきっかけにして活動が始まるが、その後レストラン業界という組合組織化の大変困難な産業において、キャンペーン、調査、自らのレストラン共同経営といったユニークな活動を行うことで、その影響を広げてきた。全米のレストラン産業における組合組織率は0.01%であり、ROCの活動も全体の中では圧倒的に小さい存在ではあるものの、8地域にまで広がり、メンバーも現在8000人へと拡大し、予算規模もこの3年間で8倍に増えており、マスメディアでも取り上げられており、それなりの影響力を持つものであると言えよう。

参考ウェブサイト(英語)
ROC-NY
ROC-United
Colors Restaurant

レストランガイド(The Restaurant Opportunities Center of New York, "If You Care, Eat Here: The NYC Diner's Guide to High Road Restaurants," 2nd edition, July 26, 2011.
Windows on the World (雑誌New York MagazineThe Encyclopedia of 9/11のウェブサイトから)


2011年9月8日木曜日

10/1 ビデオ上映会「原発震災」のご案内


Labor Nowから上映会のお知らせです。
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10月1日(土)に福島原発震災をテーマに、2本の作品の上映会をおこないます。
3.11以後、福島の人々はどのように生き延びてきたのか―。
映像作品をとおして、人々の3か月間をみつめます。

日時:2011年10月1日(土)午後5時~7時
場所:明治大学駿河台校舎研究棟2階第9会議室
リバティータワーの裏の建物です。リバティータワー正面入口から入り、
左手奥を抜けると研究棟1階入口です。
共催:Labor Now、明治大学労働教育メディア研究センター

上映作品:「子どもたちを放射能から守れ 福島のたたかい」
(37分・制作:湯本雅典)
「フクシマ原発震災~被災者の声をたどる旅」
(35分・制作:Labor Now)

トーク:湯本雅典さん、「Labor Now 脱原発プロジェクト」のメンバー

制作者紹介)
湯本雅典・・・1999年教員在職中から撮影を始める。2006年制作の『学校を辞めます~51才の僕の選択』が「東京ビデオフェスティバル」などで優秀賞を受賞し、注目を集める。以後、制作者の独自の視点から作品づくりを続けている。
主な作品・・・『国労バッジは はずせない! 辻井義春の闘い』『ジョニーカムバック 不適格教師の烙印を押された男』

「Labor Now 脱原発プロジェクト」・・・2011年4月、制作の呼びかけで集まった、平均年齢50才の4人の即席チーム。震災から3か月後の6月、会津、郡山、いわき、で人々に出会い、話を聞いた。


問い合わせ:labornow(a)jca.apc.org まで[(a)を@に置き換えて下さい]
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